初めて訪れた山陰旅行  その1

  10月30日(土)の夕方から11月3日(文化の日)に山陰地方に旅行に出かけました。初めは、東北地方へ紅葉狩りに出かけようと思っていましたが、東北方面に台風の進路が重なったため急遽山陰に変更しました。旅館等も3日前ならキャンセル料は取られないため台風の進路を見ながら判断しました。車での旅行は、こうした急遽の変更もできるのが魅力です。旅館の変更は、ネットで行い電話等をしなくても簡単にできるところが気楽な所です。旅館の方には申し訳ないですが・・・。
 
 いつものように土曜日の夜9時ごろ豊橋を出発し、途中、牛乳の美味しかった「蒜山(ひるぜん)サービスエリア」等で休憩を取りながら、東名・湾岸・名神・山陽自動車道を経由し山口県の美弥インターチェンジに到着しました。約9時間かかりました。日曜日の朝インターを出たので料金は、2,100円でした。美弥で降りたのは、海のきれいな角島を見たかったからです。写真にあるように角島に湾曲したきれいな橋が架かっていて絶景スポットになっています。この日は、台風の影響もあってか、変わりやすい天気でしたが、雨はふらず何とか写真も取れました。日本海は、太平洋と比べると若干紺色っぽい色に見えました。橋を渡って、写真のように海の真ん中を通り角島に着きました。灯台を見て、また次の目的地秋吉台方面に向いました。

 
途中、山口県長門市仙崎にある童謡詩人「金子みすゞ」さんの生家「金子みすゞ記念館」によりました。金子みすゞさんの詩や伝記は、以前からとても関心があったので通りがかりに寄れたのはとても嬉しかったです。みすゞさんの生家が本屋さんをしていてお手伝いをしながら詩を書いていたそうで、記念館も本屋を再現し館内は写真にあるような展示の仕方もアイデアたっぷりで手をかざすと手のひらに詩が映し出されるというコーナーもありました。私は詩に関しては、あまり見識もありませんが、そんな私でもみすゞさんの詩は、読んだ事があります。生涯もドラマ等で知っていて、聡明な心の優しい方で、詩の中にそんな人柄が顕れていて心うたれます。有名な二遍を載せます。 



 [私と小鳥と鈴と]

 
   わたしが両手をひろげても、お空はちっともとべないが、
    とべる小鳥はわたしのように、地面(じべた)をはやくは走れない。

     わたしがからだをゆすっても、きれいな音はでないけど、
     あの鳴るすずはわたしのようにたくさんのうたは知らないよ。

     すずと、小鳥と、それからわたし みんなちがって、みんないい。



「星とたんぽぽ」


    青いお空のそこふかく、  海の小石のそのように 
     夜がくるまでしずんでる、 昼のお星はめにみえぬ。 
     見えぬけれどもあるんだよ、 見えぬものでもあるんだよ。

        ちってすがれたたんぽぽの、 かわらのすきに、だァまって、
       春のくるまでかくれてる、 つよいその根はめにみえぬ。
         見えぬけれどもあるんだよ、 見えぬものでもあるんだよ。


 

記念館の周りの壁画がまた素晴らしく。写真にあるような「金子みすゞ」さんの姿が、地元の特産である蒲鉾の板で描かれていました。この壁画が大きさ等でギネスブックに登録されているそうです。毎年工夫をして壁画作りをしているとの事で、そのアイデアと緻密さに、創意工夫をし各地で町おこしをしているんだなーと感心させられました。

 次に「弁天池」を訪れました。写真にあるような透明度の高い摩周湖の近くにあった「神の子池」のような神秘的な泉でした。泉の近くには、地元の方が飲料水として利用できる蛇口が設置されていて、大きなポリタンクに汲んでいく方もおられました。「癖がなくて美味しい水ですよ。汲んでいかれたら。」と勧められ、ペットボトルに汲んで飲みました。とっても美味しかったです。



いよいよ以前から来たかった「秋吉台秋芳洞」に着きました。さすがに名勝らしく観光客が多く土産物屋さんが並んでいました。鍾乳洞の中は、思ったより暖かく、飛騨の鍾乳洞より小さい感じがしました。でもいろいろな種類の鍾乳洞があり整備されていました。私が今まで行った鍾乳洞の中で一番印象にあるのは、沖縄県沖永良部島にあるもので、自然のままで、いろいろな色も着いていて神秘的なところでした。鍾乳洞から出てカルスト地形も展望台から見ることができました。

  

 秋吉台らしい景色の中、車を進め次の目的地「萩」に向かいました。萩市に入る所に関所のような大きな門があり「松蔭記念館」が建っていました。この「松蔭記念館」には、松陰先生を始め高杉晋作など塾生の等身大のブロンズ像が並び館内には、「松下村塾(しょうかそんじゅく)」の講義の様子が映像で流され、松陰先生の人物像や塾生の紹介などがわかりやすく展示されていました。また、松陰先生の講義は一方的に師匠が弟子に教えるものではなく、弟子と一緒に意見を交わしたり、文学だけでなく登山や水泳なども行なうという「生きた学問」だったそうです。


 「萩」は、やはり「吉田松陰先生」の町なんだなあと思いました。町に入り「萩城址」や「高杉晋作誕生の地」を巡り、またテレビなどで放映されて有名な白壁の中にある「鍵曲(かぎまがり)」(武家屋敷ならではの、追っ手につけられた時屋敷の塀を直角に作り、追っ手から逃れる工夫をした曲がり角)をみた後、歴史的にも有名な「松下村塾」を訪れました。
 



 「松下村塾」は、松蔭神社の中にあり、幕末の時代、武士や町民など身分の隔てなく学問を求める青年たちを受け入れた松陰先生の人となりがわかる開かれた塾だったようです。私のモットーである「和を以って貴しとなす」「皆平等」の精神にぴったりのお考えだったのだとあらためて尊敬の念を抱きました。
 観光のガイドさんがちょうど近くにおられたので旅行者と一緒に説明を聞かせていただきました。修復したとはいえその当時のままの部屋があり、中の様子も公開されとてもよかったです。江戸で幕府に捕らえられた後、萩で幽閉されていた部屋も公開されていました。松陰先生が身近に感じられました。志の高い方は、苦労をされるんだなあと思いますが、松下村塾で学んだ塾生の中には有名な「高杉晋作」明治になって初代内閣総理大臣となった「伊藤博文」第三代総理大臣「山縣 有朋」など日本を代表する人材が育っていったようです。初めて「萩」を訪れ松陰先生の考えに触れられたことに感謝しました。



 一日にいろいろな名勝・旧跡を訪れ、今日の宿「萩本陣」に向かいました。「萩本陣」は、萩市全体を展望できる丘にあり、さっき訪れた松下村塾のすぐ近くにありました。宿の方に、同じ料金で1ランクUPしたお部屋にしてくださったと聞きうれしさ倍増でした。おいしい料理を食べ、新しくリニューアルされたお風呂に入り、天国でした。お風呂は、萩らしい白壁風の露天風呂や立って入れるお風呂でした。明日、今まで行ったことのない出雲大社にいけると思うとわくわくする私でした。二日目の山陰旅行記をお楽しみに。